思考伝聞

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押忍

あきらめない心

   日曜日、「あきらめない心 極真の道 第二章 ~門馬道場の挑戦~」のTV放送があった。見た人も多かったと思うが、如何だったろうか・・・。私にとっては極めて身近な事であり、製作にあたっていくらかは意見を述べれる立場でもあったので、自分で番組の評価をするのもおこがましいが、正直とても良い内容だと思ったし素直に感動した。門下生や保護者の皆様、後日機会があったら感想を聞かせて下さい。

 ところで、この「あきらめない心」という言葉を私が意識し始めたのは、ある海外の心理学者の話からなのだが、その後も色々な企業の社訓や、小・中学校のキャッチフレーズ等でもたまに耳にしていた。しかし、何と言っても一番強烈に意識しだしたのは、今から三年程前、大石道場の機関誌「あきらめない心 極真カラテ大石道場」を大石代悟師範からサイン入りで送って頂いた時からである。それは、一道場の機関誌と言うにはあまりに立派過ぎた。後日お礼の電話をいれた時に、「門馬もあきらめない心で頑張れ」とのお言葉を頂き、門馬道場も近い将来、あんな立派な機関誌を作ろうと頑張っている次第である。

 私は二度目の分裂の時、色んなしがらみや失望から、もう「極真」の看板を外そうと思っていた。そんな時、大先輩の、イヤ、大先輩と言うより憧れである総裁時代の支部長の方々から、沢山連絡を頂いた。自派閥に誘ってくれた人、励ましてくれた人、慰めてくれた人、一緒に泣いてくれた人・・・実績も何も無い私ごときに対し、有難いお言葉をかけて頂きとても嬉しかった。(中には脅迫してきた人もいたが・・・)そんな中、大石師範にもお声をかけて頂き、時には電話で、時には膝を合わせて、何時間でも「極真」や「大山総裁」の素晴らしさを語ってくれた。あの時、大石師範が居なかったら今の自分は無かったかもしれない・・・。
 それなのに・・・まずい事が発覚した。今回、二度目の「あきらめない心 極真の道 第二章 ~門馬道場の挑戦~」TV放送にあたり、テレビ局の番組宣伝を見てみようと、同タイトルを入れてネット検索をしてたら・・・ナ、ナント・・・大石道場でも「あきらめない心・・極真空手」という番組を創っているではないか・・・。いくら福島県内の番組と言っても「You Tube」等でも流れているし、恐縮し焦った私は、大石師範に謝罪の電話を入れた。「押忍。すみません。タイトルが同じようになってしまいまして・・・真似した訳ではないのですが・・・」と、一所懸命言い訳をする私に「全然かまわない。その言葉に商標権がある訳でもあるまいし、先日もNHKで「あきらめない心」っていうタイトルで番組やってたし、あきらめない心って言うのは極真の精神だから。ところで道場はがんばってるか?」の優しい言葉に再び救われ一安心。これで来年も良い番組を創れます。有難う御座いました。

 でも、来年はちょっとタイトルを考えて変えてみようかな・・・素直な心、思いやりの心、感謝する心、努力する心・・・んー、でもやっぱり「あきらめない心」だよな。



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