思考伝聞

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押忍

第5回マス大山メモリアルカップ

   6月1日、東京スポーツ文化館で「第5回マス大山メモリアルカップ」が開催された。私は審判で出ずっぱりで、我が道場生の試合は殆ど見れなかったため講評は避けるが、結果はホームページに載っているように大変素晴らしいものだった。

 しかし、入賞者の殆どが門馬道場生だったため、色々僻み根性で言いたくなるのも人間だから必ずいるし、わからないでもない。
 ただ一言、我が道場生の名誉のために言っておきたいことがある。
 よく、勝敗や結果について、審判や対戦相手、その他諸々のせいにする人が何処にでもいるが・・・結局、負けた理由を人のせいにしているうちは絶対に進歩はない。何故、練習量が足りなかった事を反省し、そして相手がより素晴らしかった事に感謝し、それらの教訓を明日からの稽古に活かせないのか・・・。昔、門馬道場生は、負け続けた時期がある。試合に出ると負け・・・一時は基本や型の稽古量を少なくし、いや、全くやらないでミットや組手だけやろうかとも考えた。しかし、どんな事柄に関しても「基本」が最も大事なのは自明の理。ましてや、日本の伝統文化である武道空手を標榜している以上、たこ躍りの様な「型」では最早武道ではない。暗中模索・・・結果、辿り着いたのが「神経系の訓練や身体能力の全体的な向上」による、正確な動作の習得である。つまり「基本・移動・型」の限りない反復である。加えて、強い相手との競争意識・・・強いと言われている人達と試合をし、お互いが切磋琢磨していく環境に門馬道場生は恵まれていた。素敵なライバル達に感謝しなければならない。

 私は、今回のマス大山メモリアルカップに向けて、色々なプレッシャーの中で、色々なものを犠牲にしながら、物凄い稽古量をこなしている生徒達の姿を見ている。負けた事を誰かのせいにして、稽古も満足にしない、甘ったれた人達の少なくとも三倍位はしていただろう。

 人間というものは、ついつい「恨み・妬み・僻み」をしがちである。私に対する「恨み・妬み・僻み」もあるかもしれないが、それに対し一々言い訳をしている様では、人間の価値も下がるし、他人に迷惑をかける事もある。「黙して語らず」が一番で、安い人間に余計な事を言う必要もないが、一所懸命頑張った道場生達を、もし否定するような事があれば、私は立場上「黙して語らず」等と、カッコつけている場合ではなく、全力で降りかかる火の粉は払わなくてはならない。

 ただ、つくづく思うのだが・・・「恨み・妬み・僻み」をする側でなく、される側で本当に良かったと思う。



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