思考伝聞

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押忍

最高の全福島大会・・・その1

   私にとって、そして大会関係者や選手達にとっても、大きなストレスになっていた「全福島空手道選手権大会」が無事終了した。本当にみんなありがとう。今の率直な気持ちを言葉にするなら「疲れた~やっと終わった・・・あ~ほっとしたな~」に尽きる。だが、ストレスといっても、別にイヤでイヤで仕方なかったという事ではなく、理想ばっかり追っかけてたあまりに、やらなければならない事が多すぎて、精神的なスタミナが消耗してたと言うところか・・・。おそらく、今回の大会に携わった人はみんなそんな感じだろう。

 それにしても、今回の大会は大変だった。当初から色々とトラぶったが、まず最初の難関は、経費を節約し、かつ、より良いパンフレットを作るために、印刷業者を変更せざるを得なかった事。印刷業者を変えると言うことは、全てが一からやり直し・・・去年までのデーターが全く使えない。これにはスタッフ一同閉口した。ポスターにしても勝手がわからず、何度も打ち合わせしてやっとギリギリ間に合わした状態。そんなこんなで、八月頃からは道場で夜中の一時頃まで菜穂ちゃん、奈美ちゃん、純子ちゃんと修羅場状態で頑張ってきた。特に大会一週間前は、稽古が終わった後、夜十時頃矢吹道場に集まって、それから夜中の二時、三時迄毎晩準備をしていた。おにぎりをほおばり眠い目をこすりながら頑張ってくれた。そして大会前日・・・昨年までの反省をふまえ、ステージ設営は業者に委託し、何十万も経費が増える分、協賛を頑張ろうと、私もスタッフも毎日仕事もせずに頭を下げて200件近く歩いた。目標額には届かなかったが、それなりの資金は集まった。これで今年は大丈夫だ・・・と思った。しかし・・・次の難関・・・設営の業者を入れたにも係わらず、夜の九時を過ぎてもステージは二面どころか一面さえ完成の目途は立たなかった。私は招待審判の方々を一時間以上待たして、夕食会場に到着し「乾杯」した後も、会場が気になり、電話のやり取りばかりで満足な接待が出来なかった。結局、この日は深夜まで頑張ったが完成しなかったため、次の日も早朝七時より作業するとの事・・・現場に居る石井会長始め保護者や道場生に何と言葉をかけていいのか・・・一応、接待が終わって会場に駈け付けたものの、何も出来ない自分に腹がたち、ついつい業者の責任者を罵倒した。でも・・・ふと会場を見ると、そこには必死でステージを作っている若い職人さんがいた・・・思えば、その若い職人さんは午後からずっと休憩もせずに、もくもくと頑張っている。彼の姿を見たとき「たいしたもんだな・・・若いのに頑張ってるな~」と、心からそう思い、罵倒した自分が恥ずかしくなった。何も言えないよな・・・みんな頑張ってるんだもん。そして帰り際、矢吹道場に寄ると、奈美ちゃんが審判の進行表を作っていて、終わったのがまたもや夜中の二時近く。みんなの頑張りがあって、この大会は成り立っているんだ・・・ありがとう、みんな・・・心のモヤモヤが晴れてなんかあったかい気持ちになって帰路に着いた。

 大会当日、早朝からステージ設営が始まった。私は招待審判を迎えにホテルへ行ったが、やはり心配で「何とかなりそう?まだ出来ないの?」と確認の電話を何度も入れた。祈って待つ以外方法が無い自分にまたしても腹がたつ。開場三十分前、とりあえずようやく完成。開会式・・・試合開始・・・予定通り・・・良かった。
 試合の講評は後に譲るとして・・・大会が終了し、いざステージ撤去となったが・・・またもや難関が・・・撤去が閉館時間の九時迄に間にあわない?冗談じゃない・・・みんな疲れてるのにまた遅くまで帰れない・・・試合で怪我をして足を引きずりながら足場を運んでる選手の人も居る・・・自分が情けなくなった・・・ここまでして大会をやる事に、何か意義はあるのだろうか・・・自分の独りよがり?俺が目指しているものは、みんなにとってはそれ程重要な事ではないのかもしれない・・・来年は見栄を張らず、ステージなしでやろうか・・・いや、いっその事、大会なんて無くてもいいか・・・自暴自棄になった。「いい加減にしろ」って業者に怒鳴りつけたかった・・・でも、また昨日の若い職人さんが、謝りながら、文句も言わずにもくもくと頑張ってる姿が・・・。本当に休んでない・・・やっぱり、何も言えなくなった。
 この日も、六時半から招待審判のパーティーがあったのだが、私が到着したのは八時過ぎ。みなさん乾杯しないで待っていてくれた。約二時間遅れの乾杯の後、小野寺師範が気を使ってくれたのか「そんなに大変な思いをしてまで、ステージ作らなくてもいいんじゃないか・・・福島の大会はそれでも充分立派な大会なんだから・・・」ステージの有る無しに係わらず、良い大会だと言ってくれたのが、自暴自棄になりかけた自分の感情とリンクして、思わず泣きそうになった。キャメロン師範も「オーストラリアからわざわざ来た甲斐がありました。素晴らしい大会です」って・・・俺って幸せもんだよな~俺一人で大会作ってるんじゃないのに、俺だけ誉められたらバチが当たる。だから、思わずみんなの自慢をした。指導員の自慢、道場生の自慢、保護者会の自慢・・・でも、話してるうちに今頃会場で一所懸命頑張ってるみんなの姿を想像して、また泣きそうになった。みんなあったかい目をして聞いてくれた。で、「お前がいいからみんながいいんだ」って、また誉められた。だから、俺だけ誉められちゃ駄目なんだ・・って、またみんなの自慢をしたら、「テメェ、コノヤロー、うるせー」って、門馬道場が羨ましそうに笑ってた。
九時半頃、ようやく撤去作業が終了したらしく、石井会長や小川会長、指導員のみんながパーティー会場に合流し、大いに語り合って、長い長い二日間が終わった。

 今回の大会には、大山道場時代から極真会館に変わった1964年頃、大山館長の初代師範代として、数々の伝説の強豪(大山茂師範、泰彦師範、加藤重男師範、芦原師範・・・)を育てあげた渡辺一久先生にも来て頂いたのだが、本日(火曜日)、私の元に電話があり「心から感動した大会でした。大山先生も喜んでいると思います。来年も是非行きますから・・・」と、本当に心からの言葉として響いた。また、昨日(月曜日)、石井会長から電話があり、「素晴らしい大会を有難うございます。大変だったけど、また来年も良い大会が開ける様に精一杯協力しますから」という内容だったが「イヤ~、でもあんなに大変な思いをしてまで、やる意味があるのか悩んでるんです」と言う私に対して、「私達は師範の想いはちゃんと理解していますから。私達は師範を信じて、着いて来ている訳ですから、これからも協力します」と・・・。

 やるしかないだろう・・・来年も、再来年も・・・みんなが居る限り、私にはどんな苦労も、試練も乗り越えて行く義務がある。俺が悩んでどうすんだってが・・・。
 みんな・・・また来年も何処にも負けない福島県一の素晴らしい大会を開催したいと思うんですけど・・・すっごく大変な事態にまたなるかも知れないですけど、また協力して貰えますか・・・。いや、絶対開催するんで協力して下さい。宜しくお願い致します。門馬道場を取り巻くみんな、サイコー・・・。自画自賛だけど・・・そんな気分。



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