思考伝聞

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押忍

武の道・・・

   昨日、中畑小学校の日曜授業参観があり、それが終了してから、6年生及び保護者の方々、そして先生方を対象に「教育講演会」と言う事で、スポーツ教室が開催された。その講師が私だったのだが・・・実は・・・私はPTAの役員でもある。しかし、日頃の忙しさにかまけて、あまり行事等に参加出来ていない事から、少々、後ろめたい気もしながら、講師を務めさせて頂いた。講演会には、100名を越える程の参加者がおり、大盛況だった?・・・と、思う。この日は、菜穂ちゃんと奈美ちゃんを助手に従え、万全な体制で臨んだのだが、あまり時間も無かったため、簡単な講話の後は、スポーツ障害を予防するストレッチングに終始した。

 最近、学校や幼稚園等、様々な所から講演や教室開催、そして演武の依頼があるが、これもひとえに日頃から武道教育を念頭においた、私達、門馬道場の活動が認知されてきたからだろうと思う。確かに、現代社会に於いて、「武道」や「道場」という言葉の持つ意味は大きい。しかし・・・。
 これらの言葉を前面に出せば、日本古来よりの伝統文化として、何となく礼儀や精神論を大事にしている様な印象がある。だが、前にもこのブログで書いた通り、武道、武道と声高らかに言っている人に限って大した事が無い。スポーツじゃありませんと言いながら、子供達に道場内を走らせ、基本、移動、型をそこそこに、ミットを蹴らせて、最後は組手・・・スポーツ以外の何者でもないが、うちは叱って殴って正座させてるから武道ですって・・・?あまりにスポーツをバカにしてるというべきか、世間を知らないというべきか・・・。入会キャンペーンをやらないし、スポーツ少年団にも加盟しない、保護者に意見は言わせない・・・何故なら、うちは「道場」としての役割を持っているからと、曖昧な言葉で、さも、しっかりしている様に話す。でも・・・インターネットに一所懸命他人の悪口を書き込み、道場生にある事無い事言いふらし、それで生徒を集め、生計立ててる人は偉そうに言えないと思うのだが・・・。
 「道場」とは、お釈迦さまが、菩提樹の下に座って一週間後、暁の空に明星を見てにわかに悟りを開かれたと言う場所。要は、大げさに道場として看板を掲げなくても、本人が真剣に精神を修行しようとする場が即、道場である。そこは自分の部屋でも、道端でも良い。しかし、社会経験も満足に無く、他人を誹謗中傷しないと自分の正当性を主張する事も出来ず、空手で生計を立てる事に躍起になっている人が、トップになって教えているような場所は、断じて「道場」とは言わない。
 「武道」とは・・・武術、いわゆる人を倒す為の術に、それ以上の大和魂等の心極める精神性を観想し、終りの無い精神修養の道としたものである。私達は、その武道を通して何を学び、そして何に活かすか・・・そこが一番大事であると思う。

 子供にとっての武道とは、運動による障害を抱えない様にしながらも、「我慢する心・諦めない心」を育み、やれば出来るんだという事を学ぶ。いわば、人格形成を理念としたスポーツであれば良いと思う。今の指導者はスポーツ障害に疎過ぎ、小学校低学年から既に危険に晒されているのが現状である。一番の原因はスポーツ少年団の活動にあると言っても過言ではない。私達は、その危険から少しでも多くの子供を救うために、これからも無料で色んな学校、施設を巡り、先生方や指導者、そして子供達にストレッチングの重要性や、SAQトレーニングの素晴らしさを伝えて行きたいと思う。その為にもスポーツ少年団に、自ら加盟して門戸を開き、内側からの改革も必要である。空手は武道、何でスポーツ少年団になんか加盟するんだ・・・などと言う声も聞いた事はあるが、以上の様な理由から、私に言わせれば論外である。
 
 では、成人にとっての武道とは・・・一般社会生活に活かす事。男なら、汗まみれになり、痣をつくり、あっちこっちに湿布を貼りながら・・・それでも稽古が終われば、ビールを飲みながら武道談義に花を咲かす・・・。そんな日々を送っていれば、会社での嫌な事も、夫婦喧嘩も何のその・・・明日への活力が漲る。
 およそ一般社会では、相手が自分を本気でぶっ倒しに来るなんて事は、そうは無い。でもその非日常的な事を経験しながら、歯を食いしばりながら耐え、子供と同じ様に「我慢する心・諦めない心」を持ち続け、やれば出来るんだという事を学び、仕事や社会生活の色んな事に活かす。その姿勢はおのずと、部下、同僚、上司、女房、子供にも伝わり、まさに「率先垂範」・・・元気のいいオヤジの出来上がり・・・格好いい。女性は・・・美容と健康でいいと思うが・・・この件に関しては後に譲る(持論はあるのだが・・・)。

 ある先生に言われた言葉がある。「武道、道場・・・道がつくものには、すぐ精神論を唱えたがるが、そんなに大した事ではないし、人に教えて貰うものでもない。何かを掴むために、自分が一所懸命歩いて行こうと思ったら、そこは道である」と・・・。要は、「武」の「道」を活かすも殺すも自分次第。武の定義は色々あると思うが、何処を目指し、何に活かすか・・・それを真摯に捉えられない人が、安易に「道」を語るからややこしくなる。
 男は黙ってサッポロビール・・・古い・・・。



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