思考伝聞

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押忍

遠い昔の事さ・・・

 

遠い昔、初めて空手の試合に出た時の事、周りも自分もそこそこいけるんじゃないかと思ってた。しかし、何回戦かで下突きを貰ってKO負けした。期待してくれていた先輩や後輩が見てる前で情けなくて・・・心が折れて帰りたかったけど帰れなくてボーッと残りの試合を見ていた。

そういえば、これはちょっと昔の話、居合の試合に初めて出た時、やっぱり周りの先輩などに間違いなく優勝出来ると期待されてて、定年で居合を始めたおじいちゃんや、女子の学生にも負けたっけ。
この時も情けなくて帰りたくて、でも、「試合が終わったんならタイムキーパーお願いします」とか言われて、最後までボーッとしたままストップウオッチを見てた様な・・・。

「勝って驕らず、負けて腐らず」は夢のまた夢だった・・・(^^;;

先日、「チャレンジカップ白河」を開催したが、負けてサッサと帰ってしまった人もいた様子。
私も経験があるので子供達にしても大人達にしても、負けて悔しい気持ちや帰りたい気持ちはよくわかる。

でも、勝てる人は何が違うのか、技なのか気持ちなのか、一体自分に足りなかったものは何なのか・・・そして、仲間の応援ってどれだけ力になるのか・・・そういった事を感じれるか感じないかで、その人の成長度合いが大きく変わる。
その成長する絶好の機会を、活かそうとするかしないかは本人、若しくは親次第。

今の子供も親御さんも、とにかく忙しい毎日を過ごしており、中にはどうしても帰らざるを得ない方ももちろん居るだろう。

でも、そうじゃない人は・・・

最もらしい理由をつけて帰るかもしれないが、じゃあ仮にその子が勝ち上がってても帰るんだろうか・・・決勝で、その子の仲間が帰ってしまって誰も応援してくれる人がいなかったら淋しくないんだろうか・・・

現代武道の目的は、厳しい修行を通して人から信用・信頼される人になる事。でも、空手をやってても阿呆な奴は一杯いる(^^;;
「あいつ阿呆だね、えっ!空手やってるんだ。道理でね・・・」ってな事にはならない様に、ちゃんと一般社会に順応していかないと、オリンピックを目指そうが武道教育を叫ぼうが、やがて空手は世間から疎外されて行くのではないだろうか。

私だって、まだまだ修行の身。とても偉そうに言える立場ではない。しかし、空手や居合の試合を通して負けた事で多くを学び、極真空手の底辺でモゾモゾしてただけだけど、あきらめないで続けて来た事で今の自分があるのは間違いない。
子供を道場に預ける時、礼儀正しくしたい、心を強くしたい、集中力をつけたい・・・でも、途中であきらめたらどれも叶いませんよね(^^;;

どうか御父兄の皆様、水前寺清子も唄っていましたが「勝った負けたと騒ぐじゃないぜ、後の態度が大事だよ?」って・・・古いけど(^^;;
試合に負けたからって、悔しくてサッサと帰るのは自分本位の身勝手な大人の考え方。
試合も道場稽古の一環、道場稽古で疲れたからと言って途中で帰る人はいません。
大会の場も含め、道場においては、お子様達が成長する場であり大事な教育の場として神聖な気持ちで指導させて頂いてます。その道場で、大切な時間を割いて稽古をしているのですから、そこに係わる全員が明確な目的・目標を持って一緒に成長して行きましょう(^^)







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