思考伝聞

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押忍

上海大会

 




三週間程前に、突如決まった上海行き。仕事を考えると行くべきか行かざるべきか、とても悩んだ。結果、行って来て本当に良かった(^^)

大会もビックリする程素晴らしかったし、ゴン師範の道場も有り得ない位素晴らしかった。決してお世辞じゃない。そして、ゴン道場の各師範代や先生、道場生との交流もとても楽しかった。特に、初日に空港まで迎えに来てくれて、夕食を一緒に食べた日本企業で働くリュウ君とは、色んな話が出来た。最終日はリュウ君は仕事の都合で来れない筈だったのに、ギリギリ駆けつけてくれて、別れ際、リュウ君がハグしてくれた時には涙が出そうになった。リュウ君、本当にありがとう(^^)

今回の大会で、私はゴン師範から演武をお願いされていたが、大会直前まで演武内容はわからなかった。結局、型、五十四歩と上段廻し蹴りのバット折りと相成ったが、正直、楽勝と思った。
福島県大会で同じ演武をしたために、ある程度稽古していたからである。
しかし…

定本師範と柴田師範と三人で演武をやる事になり、私の型は二人と違うと言う事で、演武前の三人は型を合わせる事のみに腐心した。

バット折りは…イヤ、バットと言うよりバットの形をした棒…楽勝だと思った。私は演武前にそれを見た時、後ろ廻し蹴りでも折れるなと思ったが、実際持ってもらい軽く蹴ってみた。
刹那、イヤな予感がした。何か折れなそう…

持ち手が1人でグリップを持つのみの上段廻し蹴りのバット折りは、当時、私は自分で考えてカッコイイかなと思って始め、かれこれ15年以上前からやっている。もちろん試割用バットなど使った事は一度も無く、ソフトボール用の短いバットからイチローモデルの圧縮バットまで、通算したら50本は折ってるだろう。だから一発でいきそうかどうかは大体感でわかる。

過去にも失敗して2.3回蹴った事はあるが、そんな経験上、今回はヤバイ感があったので、失敗したらみっともないと思い、後ろ廻し蹴りはやめて、確実な上段廻し蹴りで折る事にした。

決勝戦前、私達師範演武が始まり、とにかく型をみんなに合わせようと頑張ったが、やはり付け焼き刃的な感じは否めなかった。

仕方ない、カッコ良くバット折り決めたるか…と思い、まず、柴田師範がカッコ良く一発で決めた。次は自分だ、良し、思い切り振り回したる…あれ?
折れない。か、固い。こんなのバットの形をした演武用の棒だよな、よし、もう一回、でも折れない…

それから何回蹴っただろうか…?持ち手の人も戸惑っているのがわかる。自分も動揺している。足が痛くてジンジンしている。

ふと、大石師範の顔が浮かんだ。岐阜大会で大石師範もバットを手刀や蹴りで何回も失敗して最後に折った。あの大石師範でさえである。自分如きがあきらめる訳にはいかない。

多分、5回目か6回目でバットが「ミシッ」と音がした。よし、と思ってすかさずまた蹴った。今度は「バキッ」と音がした。しかしまだ見た目にはわからない。もう一度、また蹴った…
バットはようやく二つになった。持ち手の方も私もホッとした。
言う迄もなく最後は定本師範が、やはり一発でバット折りを決めて締めてくれたが…。

演武が終わり、控え室に戻った私は、足の痛みと心の痛み(^^;;で、なかなか動けなかったが、定本師範始め柴田師範、スタッフのみんなが優しい言葉を掛けてくれた。

岐阜大会の後、大石師範が仰っていた。「失敗しても、それが今の自分の実力、姿だよ。それを認めてまた稽古すればいいんだよ。」
まさしくそうだ。そう思ったら少しは気が楽になった。

その夜の食事会も、次の日の長谷川師範のセミナーも、クルージングしながらのサヨナラパーティでも、長谷川師範を始めみんなから、足大丈夫か、と声をかけられたが、不思議と晴れやかな気持ちだった(^^;;
ゴン師範には申し訳なかったけど…( ; ; )

とても楽しい上海遠征だった。ゴン師範の上海での活躍は本当に素晴らしいと思いました。

また、長谷川師範や大石師範、そして色々な師範、先生方と一緒に活動出来る喜びを再認識し、まだまだ自分もこれからだなと反省した事も、自分にとって実り多き遠征でした(^^)

ゴン師範始め、ゴン道場の皆様、そして、長谷川師範大石師範、一緒に行った総極真の皆様、お世話になりました。ありがとうございました。
押忍(^^)









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