思考伝聞

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押忍

涙と感動の卒業式

   昔、空手をやっていたお父さんが、「6年生の息子と卒業記念に組手をしてみたい。」忘年会か何かの席での軽い気持ちでの一言からその企画が始まった。2011年の3月31日、震災から20日しか過ぎておらず日常生活もままならない中、3組の親子が我が子と拳を交えた。その姿は震災で不安な日を過ごしていた周りのみんなにも感動を与えた。あの時の感動をもう一度・・・と言う事で、今年も3月20日、今年はみんなに声をかけ都合のついた16組の小学校卒業生の親子対決が行われた。

 卒業記念組手当日、準備運動からビッグミットで軽く汗を流したお父さん達と一組ずつ対決が始まった。我が子の成長を確かめる様に、あえて突きや蹴りを身体で受けるお父さんや、「もっと強くなれ」との想いを身体で伝えるかの様に、遠慮せず体当たりして我が子を吹っ飛ばすお父さん、まるで試合を見ているかのように互角に突き蹴り合うお父さん・・・それぞれがそれぞれの想いで親子の絆を確かめ合ったのだろう。幸せだと思う。今の時代、親が子に遠慮して言いたい事も言えない家庭も多いと聞く。

 私の話で恐縮だが・・・私はあまり父親とは話さない。と、言うより、今は照れ臭くて話せないと言った方が正解か。何故か我が家は、昔からあまり父親と話す環境になかった。父は農業をやっていたが、午前中は会社勤めをしており、朝早く(多分5時位?)から仕事に行っていたため、父と食卓を囲むのは夕飯だけだった。だが、いつもは母が話すのを聞いているだけだったし、たまに怒ると家族中が震えあがる位怖い父であったため、気楽に会話を交わす雰囲気ではなかった。やがて私が進学や就職、そして独立開業する時は、本当に親身になって話を聞いてくれたのは他ならぬ父であるが、普段は無口な父であった。当然、父親に口をあます事など有り得なかったし、常に威厳のある父親である。
 おかげで・・・私も今では三人の息子にかろうじて威厳は保っている。しかし、息子達が小さい頃は毎日が仕事に追われ、自宅に帰ると夜中の二時、三時。もちろん、週末の休みなどないから子供と遊ぶ時間は殆どなかった。結局、子供とコミュニケーションが取れないのは、私も父と同じで、だから余計に道場での子供達とのコミュニケーションは大事だと思うし、ましてや今回の様な親子交流などを見ると羨ましいし、涙腺が緩みっぱなしである。

 そんな訳で、卒業の記念になればと思い、子供達とのコミュニケーションの一環としてバンド生演奏で歌をプレゼントする事を決めた。私が20年以上前に結成した伝説?のバンド、「MONMA-BAND」の復活である。もちろん忙しくて練習する時間なんてない。練習は稽古が終わった後、11時半過ぎから深夜1時半位まで、メンバーに無理を言って付き合って貰った。

 本番当日、約50人の子供達を前にアンコールを含め4曲歌った。みんな真剣に、そしてとても盛り上がって聞いてくれた。その姿を見て歌いながら泣きそうになった。風邪をひいて声枯れし、大した練習も出来なくて・・・でも子供達だからそんなにちゃんと出来なくてもいいや。そう思って本番を迎えた事をもの凄く後悔した。何事も全力で取り組む事・・・いつもそう教えているのに・・・全力じゃなかったかもしれない自分の歌を、全力で聞いてくれているみんなに申し訳ない気がして悔しかった・・・。

 その後は、みんな温泉で大宴会。温泉あり、プレゼント贈呈あり、花束贈呈あり、カラオケあり(私だけだったが・・・)、そして子供達から親へ親から子への感謝の言葉あり、親子から道場へ感謝の言葉あり・・・とにかく、もう涙、涙・・・。素晴らしい卒業式だった。そして何より、この時出席してくれた6年生全員が、中学生になっても空手を継続してくれる事が一番嬉しかった。


 今のフルコン空手界は、小学生で勝つ事だけに拘る人が多過ぎる。厳しい稽古をして勝利を掴むのは素晴らしい事だが、やがて中学生になりサッカーや野球などの部活に傾倒していく。高校受験の頃には道場に来なくなり自然と道場から去っていく。そのうちに空手をやっていた意味も曖昧になり、二度と道場に戻って来なくなる。多分、どこの道場でも直面している問題であると思う。それでも多くのフルコンの先生方は、小学生の時の空手の経験が大人になって社会に出たら、生きて行く事に役立つと言う。

 しかし、一時期厳しい稽古をしたからと言って、それが生きる事にそのまま役立つ程人生は甘くない。一時期を厳しい事に耐えるだけで心が強くなり生きる力がつくのなら、キックでもボクシングでも総合でもどんなスポーツでも何でも良い事になる。もちろん部活でも・・・。でも空手道は、武道は、生涯修行者として奉仕の心を以って豊かな人間性を育む道である。強さの果てに、相手を労わる「やさしさ」を様々な修行の過程で身につけなくてはならない。一時の重い負荷を耐えるよりも、軽い負荷でも長期間、常にあきらめないで耐え抜く事である。だからこそ社会で通用する人間になれると思う。

 一時期でも頑張ってチャンピオンになる努力は尊いし、結果を残す事は大変な事である。その努力を無駄にせず、将来「あの道場で学んだ事が生き抜く力になっている」と言って貰える様に、我々指導するものは「継続」する事の大切さを身を以って示していかなければならないと思う。
 ある先生の言葉であるが、今のフルコンの先生は、社会に出て仕事をした事がない、仕事をやっても続かない、社会性がない・・・そんな先生が沢山いると言う。
 先生自身、社会生活もままならなくて子供に夢を与えられるのか、社会性のある大人の方達がその道場に価値を見出し付いて来てくれるか・・・そろそろ、一時期のプロパガンダから脱皮して真剣に考える時期であると思う。

 今回、卒業生が道場で40名近くいたが、その子たちが仮に空手を離れても、「本当の生きる力」、「生きる上で大切な事」を伝えられるような道場でありたいと改めて思った「涙と感動の卒業式」であった。
 また、その子たちに保護者会で色紙をプレゼントしたいからとお願いされ、以下の言葉を送った。

「失敗はそこで止めるから失敗である。続けていれば成功の過程に過ぎない。あきらめないで歩き続ければ夢は必 ず叶う。頑張れ、○○。」



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