思考伝聞

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押忍

割れ窓理論

  先日、私のブログを読んだ方々から色々な声を頂いた。中でも、菜穂ちゃんの「みなみ風の武道日記」と言うブログに紹介された事から、そこには様々なコメントが寄せられていた。


端を発した者として一言言わせて頂くが…


まず、正確に言うなら私は組手の稽古を中断した。そして、そこからは型の稽古に変え、それぞれに黙々と型を打たせ、私は一人黙々とサンドバッグを打った。みんなには静の稽古の中で注意された意味を考えて欲しかったからだが…もちろん毎週の様に「気合い入れて」と言ってもなかなか気合いが入らないジレンマに多少感情的になったのは否定しないが…。


やがて、稽古が終わって正座黙想し、私が諭す様に話すと、それを聞きながら涙する者もいた。どんな涙かよくはわからなかったが、きっと私の気持ちを理解してくれたのだなと思った。稽古後、保護者の方々も理解して頂いたと認識している。


それを裏付ける話…

3日後の木曜日、祝日で本部稽古が休みだったため、私は福島駅中のスポーツクラブへ指導に行った。すると、そこには月曜日の稽古で注意され涙していた女子部の子達が数名来ていた。

嬉しかったな~
恥ずかしくて照れ臭くて、何も言えなかったけど、その子達は誰よりもデッカい気合いで必死に頑張っていた。稽古が楽しかったらしい。

やる気がないなら来るなと言われながらも、ちゃんと反省してわざわざ高速道路を一時間も飛ばして福島市まで来てくれた生徒も、そして送迎してくれた保護者の方にも私は心から感謝しています。


割れ窓理論ってご存知だろうか?
たった一枚の割れた窓ガラスを放置する事で無秩序状態を作り出し、やがて街が崩壊すると言う理論だ。

私は教育にもこのような事が当てはまると思う。
それは、割れたら窓ガラスを直すのではなく、窓ガラスを割ろうとさせない心を作る事だと思う。


自分の気分次第で他人への態度が変わる、人に迷惑をかけなければ良かろう、私は私だから…そんな自己中心的な考えを持った大人が増えた為に今の子供達に「謙譲の美徳」は存在し難くなった。

武道とは「奉仕の心」と言っても今の世の中、なかなかお題目だけで終わってしまう。かと言って、月曜日に私に叱られた人達がそんな事をわからない訳ではない。イヤ、普段はむしろ大人より理解しているお手本の様な子供達である。しかし、わかっていてもなかなか出来ない事もある。そんな時、その人を取り巻く周りの人達が叱咤激励してあげるのが教育ではないだろうか。


たった一枚のガラスでも、割れたら手当てを怠ってはいけないし、それよりも、割ろうとする気が起こらない様導いてあげる道場でありたい。



もちろん、これは私の勝手な考え方なので違う意見もあるかと思いますので、どんどん語り合いましょう。

ただし、私はインターネットの掲示板が死ぬほど嫌いです。匿名で意見を述べるなんて卑怯者のする事だからです。

その卑怯者がどれほど可哀想か怖いもの見たさに読んだ事もありますが、ホントにヘドが出そうでした。


と言う訳で、色々と物議を醸しましたが、私の意とする所を理解して頂き、今後とも宜しくお願い致します。


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