思考伝聞

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押忍

東日本大会間近・・・

   間もなく東日本大会・・・こんな時期に何を今更だが・・・とりあえず、ブログ更新。
 
 ずうっーと前の2月14日、東京の千代田区立総合体育館で、今年2回目の大石道場主催型講習会があった。(2ケ月も前の話ですいません・・・)。
 前回同様、東日本大会の審判員養成が目的であるが、一般に型試合はどこの大会でも判定基準が曖昧になりがちで、それを明確にしようとしても結局は審判の主観でしかない。しかし、一所懸命稽古し試合に出場する選手の気持ちに、出来るだけ報いようとする大石道場の取り組みには頭が下がる思いであり、私達も全力で協力させて頂いている。判定基準は最終的に、主に「力強さ」を評価し、次に「立ち方」や「技の正確さ」を基準に判定する事に決定した。

 「型」とは、鋳型に嵌める様に形を作っていく、つまり身体を練り込んでいくのが稽古の目的であると言われている。しかし極真はパワー空手として隆盛を極め、組手競技に傾注し発展してきた。その為「型」なんぞ誰もやらなかったと聞くし、私も32年の空手人生の中で、型を真面目にやっていた人を殆ど知らない。映画「地上最強のカラテ」などで撮影用に型を打っていた大先輩でさえ付焼刃でしかなく、その出来栄えに苦笑いしていたと聞く。

 日本の極真道場では、那覇手系の型で「撃砕」「十八」「最破」「征遠鎮」「三戦」などは割合上級に位置し、大人でも上手に打てる人はなかなかいないが、剛柔流など伝統系ではそれらの型は初級から中級に位置し、7~8年もやった黒帯なら小学生でも上級の「ソーチン」など素晴らしい型を打つ。(もちろん組手に繋げなければ意味は無いと思うが・・・)。とにかく昔から極真の型は、力任せだったから、形を作るために「型」なんぞやった事が無いのではないかと思うぐらい、歯ぎしりしながら息を止めて、見ているこっちが疲れるぐらい力んで型を打つ。だから多くの人は、強くなりたいなら型稽古などせずにミット打ちが手っ取り早い、となってしまう。事実、極真以外の流派でもフルコンタクトカラテが数多くある今、普通にミット打ちを稽古のメインメニューにしている他流の道場に手も足も出ず、負けてしまう事もしばしば・・・。それに負けじと極真もミット打ちをこなす・・・極真が他流派の真似?・・・そうならない為にも、極真の各指導者が一日も早く型稽古の目的や効用を明確に顕せるよう、「型稽古」に「意」を注がなくてはならないと思う。

 今回の大会、門馬道場からは岩崎を始めとし、多くの選手が型試合にも出場するが、極真らしくダイナミックに型を打って貰いたいと思う。ただ、結局「やっぱり極真の型は力任せで下手糞だ」などと、見ている人達に揶揄されない様、自身の生き様や価値観までを含めた「魂」を、その「型」に顕す位のつもりで自信を持って演武して欲しいと願う。決して力みは禁物である。


 「力強さ」はいいが「力任せ」になっちゃ駄目だ。健闘を祈る。



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