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2011年12月

        
category - 押忍

覚悟と絆の一年

2011/ 12/ 30
                 
 長谷川師範と一緒に名古屋から東京へと向かい、東京での夜も楽しい時間を過ごさせて頂き、翌日の東京大会も成功に終わった。鈴木先生はもちろん、石神井公園道場生や父母会の皆様のとても初めてとは思えない見事な連携も大会を成功させた要因だろう。とにかく、みんなの想いが詰まった素晴らしい大会だった。来年も必ず開催して欲しいと願う。

 翌週は、大石道場の静岡県大会。出場人数はほぼ大石道場生だけで450名・・・それでもレベルも高く素晴らしい大会である。その大会に門馬道場から唯一出場した白石綾が、黄色帯「型」と小6女子「組手」で「W優勝」した。いやはや綾は大したものである。
 大会終了後は、大石師範や海野師範、そして北海道高橋師範達と美味しい酒を飲み、空手談義に花を咲かせたが、前日そして当日と、大石師範とじっくりお酒を飲み、ゆっくりお話出来た事がとにかく嬉しかった。


 私は幸せ者である。


 3月11日の東日本大震災。それ以降、東北、特に福島は本当に大変だった。イヤ、まだまだこれからも大変である。完全復旧はいつ出来るのか、復興は成し得るのか、そして・・・放射能の問題はいつ収束するのか・・・本当に安全なのか?避難すべきか?・・・でも、これを判断するのはもう自分自身しかいない。自分で情報収集し、自分で考え、結果判断したのなら責任も自分で負うしかないのではないか・・・そう思う。
 
 私は・・・自分の子供には、米や野菜等の食に関しては出来るだけ福島産は食べさせない、水はなるべく浄水器。外での運動は極力避け、ホットスポットには近寄らない等・・・その位の注意で生活させる事にしている。引っ越したり週末避難させたり、あまり過敏に騒ぎ立てる方がかえってストレスを与え、精神衛生上良くないと思うからだが、もちろん人それぞれである。


 私は、この「福島の地」で生き抜く覚悟である。友人も道場生も家族も、そして想い出も、大切なものがこの福島には一杯ある。捨てるなんて死んでも出来ない。ここで生涯大切な仲間と共に生きて行きたい。全て無くなった洪水の後、そこに自力で息づく草花の様に強く生きたい、その「覚悟」を持った一年であり、そして仲間の「絆」を感じた一年であった。そういう意味では、私にとって今年は大変貴重な一年であった。来年は更に夢や希望に溢れる一年でありたいと願う。


 みなさま、東日本大震災の際には暖かいお言葉や、お見舞の数々、あらためて有難う御座いました。今年一年、本当にお世話になりました。また来年も宜しくお願い致します。

 みなさまにとって、2012年が素晴らしい年で有りますように心からお祈り申し上げます。

 良いお年をお迎え下さい。
                         
                                  
        
category - 押忍

名古屋サムライ杯

2011/ 12/ 16
                 
 20日は名古屋で長谷川道場主催のサムライ杯が行われ、門馬道場からは5名が出場した。結果は、女子部から二人出場し共に一回戦敗退。一般部は一人出場二回戦敗退。シニアの部には一人出場し4位。そして小学6年女子の部は白石綾が見事「優勝」した。私は審判で見れなかったが、稜は一回戦を再延長まで戦って勝ち上がったらしい。決勝戦直前、私は稜の所に駆け寄り励まそうと思ったが・・・なんと相手は稜より頭一つ大きい。心配そうな稜に「相手を見た事がないからわからないが、まず入って行け。駄目だと思ったらこっちが指示を出すから離れて戦え。それ以外は・・・お前に任せる。」と、無責任なアドバイスをして見守っていたが・・・始まると同時に距離を詰め、果敢に攻める。これなら行ける・・・案の定、指示を出す前に技あり。完全に技とスピードで圧倒し優勝。セコンドが全くいらない様な素晴らしい戦いだった。

 惜しくも負けてしまった選手も本当に頑張った。しかし、負けた原因は・・・まだまだ稽古不足で弱いから。それに尽きる。どの対戦相手も断然速かった。相手の速さについていけてない。正直、稽古ではいつもいつも「速いのが一番怖い。とにかくスピード」と言っていたが、ここまで差があるとは思わなかった。今回の大会は、「掛け」や「押し」にあまり審判が過敏過ぎず、試合の流れが遮られる事なく見応えがあった。最近良く見られるのが、試合の流れを副審のホイッスルで度々中断させてしまう事。反則はもちろん良くないが、あまり過敏になるのは如何なものだろう。私は、極真の昔の審判が好きである。試合の流れを見て、故意ではなく流れの中でのちょっとした反則なら続行。技あり、一本など、技が決まった時には主審のゼスチャー。判定の時は、左前方からとか右後方からとか数える順番が決まっていたらしいが、とにかく、先に白から数えても、赤から数えても、引き分けから数えても、最後は主審の判断で決着する。「白1、2、赤1、2、主審・・・白」等とあのドキドキ感が堪らない。現在の連合会の試合は、必ず後に数える方が主審の意志らしいが、子供の試合が多くなった今、主審の主観にあまり左右されない様、公平性を考えての事だろうか・・・。

 とにかく、今回の名古屋サムライ杯、選手も応援に行ったみんなも、どの試合も見応えがあり福島から行った甲斐があったと喜んでいた。加えて、私以外のみんなは7~8時間かけて車で行ったのだが、手羽先や味噌カツ、その他名古屋の名物を充分堪能してきたらしい。

 私は私で、19、20日と長谷川師範にお誘い頂き、楽しい宴を堪能させて頂いた。そして・・・翌日21日夜7時からは定本師範代やゴン師範の60人組手と西岡先生の50人組手の相手をするために名古屋に残る事になるのだが・・・23日は東京大会もあるし・・・一体いつになったら福島に帰れるんだ?と指折り数えたが・・・このまま名古屋から東京へと覚悟を決めた私であった。

 つづく