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2011年11月

        
category - 押忍

東京大会

2011/ 11/ 18
                 
 23日は「第一回東京大会」が光ヶ丘体育館で開催される。石神井公園道場の鈴木先生の主催である。第一回で参加選手180名を超えるらしいから、立派なものだし記念すべき素晴らしい大会になるだろうと思う。

 私が第一回全福島大会を開催した時は、130人を少し超えた位だったと思う。当時の私は大会開催など時期尚早と思っていたが、今は亡き小野寺師範に「お前なら出来る。やれ」と言われて、「押忍」の一言で開催に踏み切ったが・・・結果、大成功だったと思うし、あの時期の努力や苦労が今の門馬道場の下地を作ったと言っても過言ではない。鈴木先生にも今大会、是非頑張って欲しいと思う。

 その東京大会、釘嶋師範は仕事で大阪にいるためどうしても来れないらしいが、大会協力委員会の奥田先生と私と、そして鈴木先生とで演武をしようと言う話になり、今週月曜日、福島に集まり演武の練習をしたが、不覚にも型の稽古中飛んで着地した瞬間、踵に痛みが走った。古傷をまた痛めた位に軽く考えていたのだが、翌日益々酷くなり、痛くて歩けなくなってきたので接骨院に行ったら、ナント、距踵関節部の靭帯損傷らしい。奥田先生が膝の怪我、鈴木先生は脛の怪我、私まで・・・空手好きは良いが、どうも困った先生達ばかりである。

 しかし、本気で困った・・・20日は長谷川道場主催のサムライ杯が名古屋であるため、明日19日より名古屋に行くが、ずっと「びっこ」で歩かなければならない。そして21日は長谷川道場の昇段審査があり、定本師範代や西岡先生の連続組手の相手も努めなければならないし、おまけに、明日から22日までずっと名古屋、22日に東京入りして23日大会当日なので演武の稽古をする暇が全くない・・・。

 さりげなくここで言い訳はしておくが、そんな状況でもやらない訳にはいかない。鈴木先生の想いを考えたら恥ずかしい演武は見せられないし、「必死の力」で頑張らねばならない。何としても東京大会は成功させなければならないのだから・・・今回は門馬道場も新人選手が多い。みんなが正念場である。
                         
                                  
        
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割れ窓理論

2011/ 11/ 05
                 
先日、私のブログを読んだ方々から色々な声を頂いた。中でも、菜穂ちゃんの「みなみ風の武道日記」と言うブログに紹介された事から、そこには様々なコメントが寄せられていた。


端を発した者として一言言わせて頂くが…


まず、正確に言うなら私は組手の稽古を中断した。そして、そこからは型の稽古に変え、それぞれに黙々と型を打たせ、私は一人黙々とサンドバッグを打った。みんなには静の稽古の中で注意された意味を考えて欲しかったからだが…もちろん毎週の様に「気合い入れて」と言ってもなかなか気合いが入らないジレンマに多少感情的になったのは否定しないが…。


やがて、稽古が終わって正座黙想し、私が諭す様に話すと、それを聞きながら涙する者もいた。どんな涙かよくはわからなかったが、きっと私の気持ちを理解してくれたのだなと思った。稽古後、保護者の方々も理解して頂いたと認識している。


それを裏付ける話…

3日後の木曜日、祝日で本部稽古が休みだったため、私は福島駅中のスポーツクラブへ指導に行った。すると、そこには月曜日の稽古で注意され涙していた女子部の子達が数名来ていた。

嬉しかったな~
恥ずかしくて照れ臭くて、何も言えなかったけど、その子達は誰よりもデッカい気合いで必死に頑張っていた。稽古が楽しかったらしい。

やる気がないなら来るなと言われながらも、ちゃんと反省してわざわざ高速道路を一時間も飛ばして福島市まで来てくれた生徒も、そして送迎してくれた保護者の方にも私は心から感謝しています。


割れ窓理論ってご存知だろうか?
たった一枚の割れた窓ガラスを放置する事で無秩序状態を作り出し、やがて街が崩壊すると言う理論だ。

私は教育にもこのような事が当てはまると思う。
それは、割れたら窓ガラスを直すのではなく、窓ガラスを割ろうとさせない心を作る事だと思う。


自分の気分次第で他人への態度が変わる、人に迷惑をかけなければ良かろう、私は私だから…そんな自己中心的な考えを持った大人が増えた為に今の子供達に「謙譲の美徳」は存在し難くなった。

武道とは「奉仕の心」と言っても今の世の中、なかなかお題目だけで終わってしまう。かと言って、月曜日に私に叱られた人達がそんな事をわからない訳ではない。イヤ、普段はむしろ大人より理解しているお手本の様な子供達である。しかし、わかっていてもなかなか出来ない事もある。そんな時、その人を取り巻く周りの人達が叱咤激励してあげるのが教育ではないだろうか。


たった一枚のガラスでも、割れたら手当てを怠ってはいけないし、それよりも、割ろうとする気が起こらない様導いてあげる道場でありたい。



もちろん、これは私の勝手な考え方なので違う意見もあるかと思いますので、どんどん語り合いましょう。

ただし、私はインターネットの掲示板が死ぬほど嫌いです。匿名で意見を述べるなんて卑怯者のする事だからです。

その卑怯者がどれほど可哀想か怖いもの見たさに読んだ事もありますが、ホントにヘドが出そうでした。


と言う訳で、色々と物議を醸しましたが、私の意とする所を理解して頂き、今後とも宜しくお願い致します。
                         
                                  
        
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頑張ることを、あきらめない心

2011/ 11/ 02
                 
 矢吹の本部道場では、毎週月曜日は少年部終了後、8時から中学生と女子部が中心のクラスがある。このクラスは私が指導するのだが、どうも中学生になると少年部の頃と違い、一所懸命気合いを入れたり必死に頑張る事が恥ずかしく感じるという子もいて、結構難しい年頃でもある。
 
 加えて、部活動によっては毎日遅くまでみっちりしごかれて、道場に来る頃にはクタクタになって力も入らないし、空手に集中出来ない子がいるのもある程度は仕方ない、それでも辞めないで続ける事が大事だし、空手に来ている事はそれなりの意味があるんだろうし・・・そう思って多少黙認してきた部分もあった。もちろん女子部、一般部も仕事で疲れて・・・と同じ様な事情で容認している部分もあった。

 
 しかし・・・
 
 先日の稽古も、中学生や女子部合わせて10名程で稽古をしていた。基本から移動稽古をこなしていくが、やはりいつものようにいまいち気合いが足りないし、とにかく「押忍」の返事も小さい。「ほら、返事。気合い入れて」と何度も促すが、なかなか気持ちが前に出て来ている感じがない。いつもの様に「仕事や部活で疲れているんだろうな・・・」と、私自身心のどっかで諦めていたのかもしれない。稽古だけは淡々と進んでいた。
 
 稽古も半ばを過ぎ、ミット稽古に入る頃中学一年のタカトが遅れて入って来た。タカトは陸上部で長距離が凄い事から駅伝の選抜選手にも選ばれ、部活終了後、駅伝の練習をしてから空手の稽古に来る頑張り屋である。グローブを付けミット打ちの相手は私がしたが、タカトは精一杯気合い入れて、精一杯必死で突いて・・・でも、他の生徒は明らかに力をセーブしているし気合いも入っていない。必死で動いているタカトの頑張りを見て私の中で何かが弾けた。「やっぱり違う。どんな理由があれ、頑張らない事を容認しちゃ駄目なんだ。そんなの道場じゃない。」・・・そう思った瞬間、持っていたストップウォッチを床に叩きつけたい衝動に駆られた。それは、みんなが必死にやらないって事より、頑張らなくても仕方ないって思っていた自分に腹が立ったからである。稽古を中断して皆に話をした。「全力でやらないで8割の力で稽古をする。でも本番は全力を出しますって言うのは無理なんだ。その8割の力がお前達の全力になってしまうんだよ。頑張る事がイヤな人はこのクラスに来るな。今日は型でもやっていろ。」と一喝し、稽古時間を20分程残して私は指導を放棄した。空手を教えて、もう延べ25年近くになるが指導を途中で辞めたのは初めてである。その場で我が子が叱られている風景を目の当たりにしている保護者の方々も泣いていた・・・。


 私も・・・道場に行きたくない、稽古したくない・・・そう思った事は何十回、イヤ、何百回もある。しかし、一旦道場に行ってしまえば必死で頑張ったし、必死で頑張らなければ極真の稽古にはついていけなかった。だからこそ今の生活があると思う。仕事でも一般社会生活においても必死で頑張る事が当たり前だと思うし、頑張れる限界点は普通の人より高いと思う。だから空手を辞めないで続けてきて良かったと思っている訳で、私は門馬道場でそこをみんなに伝えたかったのではないか・・・一体今まで何て甘い事を考えていたんだろう・・・そう思うと情けなくなってきた。


 次の日、泣いていた保護者の方々みんなに電話した。一様に「有難う御座いました。もう来るなって言われたから、行かないなんて言うかなと思ったら、「師範に怒られたのはショックだけど、師範が全力で教えているのに、私達は手を抜いていた」って反省しています。真剣に頑張るって言ってるんで今後とも宜しくお願いします。」って言って頂いた。嬉しかった。


 頑張ることをあきらめない事・・・それが道場である。