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2008年09月

        
category - 押忍

渡邊一久先生・・・その2

2008/ 09/ 22
                 
 「空手をやる者は棒をやれ」とは、昔からよく聞く言葉です。しかし、極真空手の現実において、棒などの武器術に興味を惹かれ、ハマッてしまったら最後、どうしても肝心要の組手のレベルが低くなります。そりゃあそうです。空手の稽古だけで一日に何時間も費やし、合間にやっと時間を作って走って、ウェイトやって、ちょこっと型稽古・・・それでもなかなか勝てないのに、どう考えても武器術をやっている暇などありません。

 よく「大山道場時代は、武器術も稽古していた」などと、雑誌等でまことしやかに言っている人がいますが、完璧に「ウソ」だそうです。私が「渡辺先生は武器術もやっていたのですか?」とお聞きしましたら、渡邊先生曰く「当時は、組手が怖くて出来ない奴や、弱くて相手にならない奴が、道場の隅っこの方で、独自にヌンチャクをたま~に振っていた程度。そんな話誰が言ったの?」と呆れておりました。とにかく今、極真の空手着を着てる人で、大山道場時代の空手をちゃんと知っているのは、渡邊先生しかいない様です。
 余談ですが、「空手」の型の分解は、殆どが「突きや蹴り」だそうで、空手なのですから当たり前だと思いますが、本当の分解を知らない人に限って、合気道でもあるまいし、すぐ逆を取って関節を決めたり、投げたりしたがるそうです。(「続、秘伝極真空手」に載っているからかな・・・)この話は、私も随分前から色々な先生に聞いておりましたし、最近も沖縄でずっと修行されていたY先生にも伺いましたが、びっくりした事に、渡邊先生も大山総裁にそう教えられたと言っておりました。
 要するに、現在一部の方達が行っている「大山道場時代の空手」なるものは、ばれないだろうと思って創作しているデタラメだそうです。

 私は、型の重要性は認識しているつもりですし、もちろん門馬道場でも力を入れています。また、棒などの武器を操ることで、武術的な身体操作を学び、自身の空手にプラスになることは自明の理だとも思っています。しかし、その事に気が付いたのは私が四十歳を過ぎ、度々身体のあちこちの怪我や故障で、思う様に組手稽古が出来ず、かなり悩み焦っていた頃でした。そんな時、太気拳の佐藤嘉道先生を始め、古伝空手、居合いや琉球古武術等にも出会い「今の自分に足りないもの、今の自分を救えるものはこれだ。」との思いに達し、それらを自分の極真空手に加えて稽古をしてきました。もちろん、これらは私の個人的事情であり、道場生に強要すべきものではなく、指導員数名に伝える程度で、選手や一般道場生に教えたことはありません。逆に言えば、指導員にも選手にも、そんな暇があるなら「極真空手」の稽古をしなさいと言ってきました。

 もう一度誤解の無いように言っておきますが、それら武器術の稽古は、空手を極めようとするならば、必要不可欠だと私は考えています。ただ、武器術の稽古をするのは「極真の空手をかなりガッチリやってきた人か、空手の指導に係わる人」でいいと思っています。若いうちは組手をガンガンやって純粋に極真空手に明け暮れ、やがて体力や気力に限界を感じた時に、大きな壁にぶち当たり模索が始まる。その時、近くに「武の道」に導いてくれる人がおり、もし機会があるならば居合いや古武術を学んでみればいい。不幸にも、ガチンコ組手の「強い、弱い」の価値観しか語れない人しか周りにいなければ、その壁を乗り越えられず「武の道」から遠ざかって行くでしょう。いずれにせよ、それらは一つの事をガムシャラにやった先に見えるもの。少なくとも「極真を志した者」は、そうあるべきだと思っております。それが厭なら、最初から伝統派か古武術の道場に入門すれば良いだけの事。
 一番怖いのは、武道、武道と連呼している割に、肝心の組手が全く駄目で、大会に出ても他道場どころか、他流派までにもコロコロ負け「ああいう組手は空手じゃない」と負け惜しみし、他流派の先生や道場生どころか、保護者の方々にまで「極真笑える」と失笑をかう事。渡邊先生も「それは大山館長に失礼だし、極真に対する冒涜だ」と言っておりました。

 幸い私は、素晴らしい先生方との出会いがあり、「実戦喧嘩棒」の稽古等にも個人的にはハマッていますが、門馬道場全体として考えるならば、やはり子供達や一般の選手は、まず組手が強くある事。その中で、大会組手を目指すのであれば、試合に出て勝てる事。当然、勝つ為には厳しく辛い稽古をしなければならず、特に「痛みや恐怖」とも向き合わなければなりません。その稽古の中で、各自が大切なものや足りないものに気付き、それらを守り、克服すべく努力をする。
 今、子供達には武道教育が必要だと言われておりますが、じゃあ、武道なら居合いでも剣道でも古武術でも何でも良いのでしょうか・・・。空手以外の関係各位には申し訳有りませんが、私は武道の中でも、特に極真空手が武道教育には最適だと思っています。それは理屈ではなく、「四の五の言わずにやってみる」極真精神で、子供達が「突きや蹴りの痛みや恐怖」と常に向かい合い、涙を流しながらも、あきらめず克服していく姿を幾度と無く目の前で見てきたからです。大会、審査、合宿、日々の稽古・・・常に付き纏う困難を克服してきたこの子達だったら、本当に信頼される大人になるだろうな・・・と確信が持てるからです。

 今の空手界には、社会常識から逸脱している様な指導者もいます。今回の渡邊先生との三日間で、色々お聞きした話の中にもありましたが、大山総裁は空手を通して、社会に通用するような立派な若者を育てたかったそうです。しかし極真の現状は・・・。もちろん、素晴らしい方々もおり、渡邊先生から感動秘話をたくさんお聞きしましたが、そうではない方の話も聞くにつけ、青春時代から抱いていた極真の伝説が色褪せた感もありました。しかし・・・我が青春の、大山総裁のお話だけは、何一つ色褪せる事はありませんでした。渡邊先生、有難う御座いました。また、機会がありましたら大山総裁直伝の技をお教え下さい。                
                                                        押忍。
                         
                                  
        
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全福島空手道選手権大会

2008/ 09/ 19
                 
 全福島空手道選手権大会が終了した。感無量である。240名の選手が3面のコートで技を競い合い、それを裁く40名近い審判団。大会スタッフは保護者会から50名、門下生が40名、約90名の方達が前日の準備から当日大会終了まで協力してくれた。協賛スポンサーは200社を超え、国会議員の先生、県議会議員、市町村長・・・沢山の来賓にも来て頂いた。そして、何より、大山代表を始め渡邊一久相談役・三宅進委員長等もご来場頂き、本当に素晴らしい大会が出来たと思う。

 物事に、完璧と言うことは有り得ない。今大会においても不備な点は多々あった。だからと言って、開き直るつもりはない。反省すべきは反省し、また来年に活かしていく所存である。その反省を活かしてこそ「進歩」であると思う。
 我々の大会は「武道」の大会である。私が考える「武道」とは・・・己にとって、大切なものを守る為の身体の強さである「武」。そして、その「武」を会得する為に、休む事無く生涯歩み続けなければならない、心の強さを顕す「道」。所謂、道場訓で言うならば「心身を練磨し、確固不抜の心技を極める」に尽きると思う。
 私達大人は、空手とは技のみでは無く、心が優しくなければ本当に強いとは言えない事を、今の子供達に教えなければならないし、その一手段として大会もある。しかし・・・今大会も、応援の際に武道の大会には程遠い言葉を、対戦相手や審判に投げかける「心」が未熟な大人もいた様である。猛省を願う。

 大会結果はホームページに譲るが、特筆すべきは、小学生組手で二年連続優勝の魁人(小3)新(小4)祐伍(小6)だろう。
 魁人は、多分8大会か9大会負けなしの連続優勝。どんなに強くても、人間だから体調や感情によってミスはあるもの。勝ち続ける事は大変な事。本当に立派だ・・・大したもんだよ。
 新は、多分4大会の連続優勝か・・・。ちっちゃな身体から、抜群のタイミングで繰り出す、必殺横蹴り、そして、絶妙なフットワーク。素晴らしい・・・ライバルの崇人と共に、まだまだ強くなるな。
 祐伍の去年一年は、優勝したと思ったら、別な大会はKO負けしたり、北海道では合わせ一本で1回戦で負けたり散々な思いをしたが、人一倍、努力を惜しまない祐伍だから、今年は必ず優勝出来ると確信していた。期待を裏切らないお前は、やっぱり凄い。後は・・・北海道でリベンジだ。

 そして、もう一つ特筆すべき事は一般組手の部だ。門馬道場として独立する前も、県大会は幾度となく見てきたが、今回の規模やレベルは、今までの県大会と比較しても充分満足出来るものだと自負する。その中で、優勝から三位までが門馬道場の門下生であることは、私も心から嬉しい。
 三位の昭弘は初入賞。同級生だが道場では先輩の弘樹と準決勝で闘い、敗れはしたが延長まで粘る好試合だった。三位決定戦も、黒帯相手によくぞあきらめないで頑張ったと思う。勝った瞬間、思わず私も心の中でガッツポーズをした。おめでとう。
 準優勝は正一。やはり年上の弘樹と、決勝で対戦し敗れはしたものの、それまでの闘いは、私が理想とする「技の組手、華麗なる組手」を具現化してくれた。総本部の先生方からも、お褒めの言葉を頂いた。決勝戦で負けた時の悔し涙を忘れる事無く精進して欲しい。おめでとう。
 そして優勝の弘樹。なんだかんだ言っても、四年連続のファイナリスト。立派なもんだが、どうしても「勝利への執念」と言うものが、今までは感じ取れなかった。数週間前、私は弘樹を叱った。「門馬道場の顔として、子供達の憧れとして、強くなりたい人達の目標として、今のお前には責任がある。無様な試合はするな。最後まであきらめないで、格好良い所を見せてみろ」。神妙な顔つきで私の話を聞いていた弘樹だが、日頃から「おちゃらけキャラ」の弘樹に、その言葉は届いたかどうか不安だった。しかし、しっかり結果を残してくれたし、連続ファイナリストの意地も見せてくれた。お前を褒めると、調子に乗りそうだから言いたくないが・・・よく頑張った。おめでとう。

 最高の全福島県大会。係わって頂いた全ての皆様、本当に有難う御座いました。心より御礼申し上げます。正直、私は現在「抜け殻」の様で、心がどっかに行っちゃっておりますが、充電が終わりましたら、また活動再開致します。それまで暫しお待ち下さい。あしからず・・・。

                         
                                  
        
category - 押忍

渡邊一久先生・・・その1

2008/ 09/ 11
                 
 6日夕方、渡邊一久先生が新白河駅に到着。ちょっと早めの夕食を、サンルート白河で一緒に食べる。メニューは、10食限定「幻のヒレカツ定食」。ちなみにここの定食、10食限定の幻・・・となっている割には、いまだに食べられなかった事はない。

 食事をしながら、そして、食事後矢吹の本部道場に向かう車の中で、大山道場時代の話や大山倍達館長のお話をたくさんお聞きするが・・・人からの又聞きや、雑誌の話はやはり当てにならないものである。真実は驚くような話が盛りだくさん。
 その内容をここではあまり書けないが・・・基本的に、大山道場時代の稽古や人間模様等を語れる程の方は、古くは黒崎先生や岡田先生等の重鎮の方から、当時の若手では芦原先生位までだそうで、今ではそう何人もいないらしい。だが、芦原先生より後輩で当時白帯か緑帯程度なのに、本や雑誌等で大山道場の稽古を語っているお方などは、何もわかっちゃいないんだとか・・・。ただ、もう現役で空手をやっている人も殆どいなくなってしまったし、極真に深く係わっている人も殆どいないので、最早言ったもん勝ちだそうだ。イヤハヤ・・・。

 矢吹道場に到着後、渡邊先生と二人っきりで稽古をつけて頂く。もちろん、当時の大山道場の組手の仕方だ。双手の構えから、受けて顔面を突く・・・当たり前の事だが、こんな簡単な動作にも色んな極意がある。それは「型」もそうであるように、口伝と体験でしか伝授出来ないものであり、それをわざわざ矢吹まで来られ直伝して頂いた事は、誠に有難い事である。
 二時間程稽古をし、普段とは違った緊張感の中で気持ちの良い汗をたくさんかいた。が・・・ここで一つエピソード。実はこの日も日中から暑かったので、渡邊先生に少しでも気持ちの良い環境で稽古をと思い、普段使った事のない道場のエアコンをずっと入れておいた。すると、稽古終了後渡邊先生は「さすが東北は涼しいですね」・・・私は一応「押忍」と答える。もしかして先生はエアコンに気付いていないのかなと思い、言うタイミングを図りながらしばし観察していると、エアコンのない暑い廊下に出た。当然モワーッとしたものだから、先生は複雑な表情をして振り返った時「道場はエアコンをつけていたんです」と言うと「あー、そうですか・・・」と照れ臭そうに笑ったお顔は、とても鬼の黒崎先生と双璧を成した伝説の人とは思えないほど愛くるしかった。

                                                        つづく
                         
                                  
        
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東京からのお客様

2008/ 09/ 03
                 
 8月に入り、空手の行事が目白押し。まず、大山総裁のお孫さんであるアキラが、矢吹に長期滞在したいとの事で2日に矢吹に来た。宿泊先はというと、同年代の門下生の家を順番に回る事になっており、子供達も保護者の方々も、みんな楽しみにしてくれているので、お世話になるのはいいのだが、泊まった家庭はどこでもお祭り騒ぎ・・・つーか、嵐が来たより酷い。なにしろアキラは、白河のユウに匹敵する位の「暴れはっちゃく」である。そのアキラが約二週間も滞在すると言うから、8月はしょっぱなからパニックの予感。

 3日は、郡山の「采女祭り」と合わせた商店街のイベントで演武。演武終了後、保護者の方々やその子供達と、大人数で猪苗代湖へバーべキュウ&湖水浴。もちろん、演武も湖水浴にもアキラを連れて行くが、相変わらず「暴れはっちゃく」・・・叱り、叱り夕方まで遊ばせる。その後、私だけ仲間との飲み会があったので郡山へ直行したが、ナント、そこは昼間演武した場所の斜め前の店であった。偶然・・・。

 5日午後からは、浅川中学校サッカー部の監督や部員達に、トレーニング講習会。一所懸命ではあるが、上肢と下肢のコーディネーションがやや稚拙であり、今後のトレーニングの継続を願う。

 そして、6日から三日間、極真会館がまだ大山道場と名乗っていた頃の伝説の人、中村忠師範や大山茂師範、泰彦師範、大沢昇先生、芦原先生等を育て上げた凄い先生が矢吹本部道場にやって来る。その名は「渡邊一久先生」。「大山道場」から「極真館」と名称が変わった時の初代師範代であり、大山総裁とバンバン組手をした経験を持つ、数少ない現役空手家でもある。その渡邊先生が、大山道場時代の、総裁の組手や技を直伝したいと言う事で、わざわざ門馬道場へ来て頂ける訳である。当然、技も楽しみだが、大山道場時代や初期の極真会館の頃の話も楽しみである。そして、その期待は全く裏切られる事無く、驚きの連続であった・・・。                   
                                                        つづく